TOP > スペシャルインタビュー「世界へ、未来へ、そして子ども達へ。」 > Theme 01マンガ先進国、日本。その比類なき進化と、“今”。
代表取締役社長 堀江信彦 スペシャル対談

マンガ月刊誌の刊行や、時代を見据えたWEBマンガのアプローチ、さらには、海外向けのサイレントマンガオーディションを大成功させるなど、マンガ界の進化・発展に、尽力し続ける日々。

それらに加えて、幾多の人気飲食店をプロデュース・運営し、果てには、地域の人々との交流をはかるために“お地蔵さん”を建立し、「じぞうビル」と一風かわった名前の自社ビルまで建ててしまう。

極端なまでに広範にわたる挑戦。それらはすべて、シンプルにマンガへの、そして子ども達への深い愛情にもとづいたものだったーー。
(2013年5月13日収録)

Theme 01

マンガ先進国、日本。その比類なき進化と、“今”。
「僕たちは、世界の共通言語としてのマンガを大事にしている」

ーー現在、日本のマンガは、どういった局面を迎えているのでしょう。

堀江:一部では、海外には通用しにくい方向へと転換してきていますね。そもそも、現在の日本のマンガは手塚先生たちが創ったモノを基本にしているんだけど、その当時のマンガは、“紙に描いた映画”だったんだよ。というのも、手塚治虫先生や石ノ森章太郎先生たちは、本当は映像をやりたい人が集まっていたからね。でも、映像を作るためには、機材や時間、お金がかかるから、なかなかできなかった。そこで彼らは、動画のコンテを原稿用紙にレイアウトしなおすことをやったんだね。

ーーそれが今の日本のマンガのベースなんですね。

堀江:動画のコンテだから、できるだけ言葉を削ぎ落とすなど、動画的な演出がなされていて、必然的にそれは、世界中の人が理解できるメディアだった。セリフだって、翻訳しても意味に狂いのないレベルの簡単な言葉だったから。

ーーそこを原点に、様々に進化していった。

堀江:そう。その過程の中で、大人もマンガを読むようになり、扱うテーマも非常にセンシティブなモノになる。それにつれ、言葉に頼らないといけない比率が増えてきたんだよね。

ーー小説的な表現要素が増えていった、と。

堀江:絵の役割が“挿し絵的”になっていったんだね。その進化は決して間違っているわけではないんだよ。大人にも読み応えがあるものにするためには、絵や動きだけじゃ表現できない心情を伝えなきゃいけないからね。だから今のマンガを否定しているわけではなく、これは当然の進化なの。他の国でも、マンガという文化が定着すれば、必ず同じ道をたどります。日本はマンガにおいては超先進国だからね。

ーー「海外に通用しにくい」というのは、そこに原因があるんですね。

堀江:そうだね。要するに、動きだけで、誰にでも伝わるような作品を創るということは、戦術的には少年誌向け。そういう作品は言葉の壁を越えて、海外に行くんだよ。ところが、特に「大人向け」と言われるようなセンシティブなものは、翻訳の壁があるから、国境を越えないんだ。これは小説と同じ。小説も、なかなか超えないでしょ?

ーーどちらかがどちらかに対して優れている、というわけでもない……。

堀江:そうなんだよ。ただ、僕たちは、世界の共通言語として、簡単なルールさえ知っていれば、気持ちを表現できるメディアとしてのマンガっていうのを大事にしている。それを世界に向けて発信するのがコアミックスとノース・スターズ・ピクチャーズの仕事なんだよ。だからこそ、いま刊行している「月刊コミックゼノン」も、いつでも『少年』と頭についてもおかしくないように創ってあります。

ーーブームに便乗して、何でも輸出すればよいってわけでもないんですね。

堀江:今ね、『クールジャパン』とか銘打って、日本から文化的な発信をしようって言われているけど、マンガで言うと、世界に発信すべきなのは、言葉が必要な大人向けのモノではなくて、動画的な少年誌向けのモノなんですよ。そこを間違えて、日本のマンガを翻訳して海外に持っていけば、すべて売れると思っている人が多いのかな。それは間違い。きちんと選別しないと、売れません!(笑)

堀江信彦

堀江信彦
堀江信彦

編集者として、「北斗の拳」をはじめ数々の作品を生み出し、週刊少年ジャンプが最大発行部数653万部を達成したときに編集長を務めた。
その後、雑誌『メンズ・ノンノ』や『BART』編集長を歴任。
2000年6月(株)コアミックスを設立、代表取締役に就任。
原作家、脚本家として作品を作ると同時に、編集者の育成に携わり、作品の質の向上に力を入れている。
(株)ノース・スターズ・ピクチャーズ代表取締役社長を兼任。

1955年 8月17日生。
1979年 集英社入社。
1993年 「週刊少年ジャンプ」編集長就任、史上最高部数を記録。
2000年 集英社を退社し、コアミックス設立し社長就任。
2001年 「週刊コミックバンチ」創刊、編集長就任。
2009年 「カフェゼノン」開業。
2010年 「週刊コミックバンチ」休刊、「コミックゼノン」創刊、編集長就任。