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代表取締役社長 堀江信彦 スペシャル対談

マンガ月刊誌の刊行や、時代を見据えたWEBマンガのアプローチ、さらには、海外向けのサイレントマンガオーディションを大成功させるなど、マンガ界の進化・発展に、尽力し続ける日々。

それらに加えて、幾多の人気飲食店をプロデュース・運営し、果てには、地域の人々との交流をはかるために“お地蔵さん”を建立し、「じぞうビル」と一風かわった名前の自社ビルまで建ててしまう。

極端なまでに広範にわたる挑戦。それらはすべて、シンプルにマンガへの、そして子ども達への深い愛情にもとづいたものだったーー。
(2013年5月13日収録)

Theme 02

重要なのは、“演出力”。
~海外向けサイレントマンガオーディンションの意義~
「手塚先生の子どもたちが、世界にこんなに増えましたよ!」

ーーコアミックスでは、新人発掘のための事業にも積極的ですね。

堀江:例えば、僕が少年ジャンプにいた頃、新人の漫画家が作品を応募してくるわけですよ。その時に、編集側の僕たちが作品のどこを見ていたかというと、全部を見ているわけじゃないの。だって、新人が30枚ほどの作品を描いてきたところで、大半がつたないものですよ。でもその中に必ず、さっきも言った“動画的な表現”ができる人がいる。つまりは、演出力だね。我々はそこを見ているわけです。例えば“怒り”とか、“後悔”とかね。そういう演出ができる人は才能があるんだよ。ストーリーとか構成力なんてものは後からでもつけられる。でも演出力は才能ですね。そこを見ている。

ーー今、海外に向けて『SILENT MANGA AUDITION』という企画も運営されています。

堀江:それも同じですね。セリフを使わない。あえて、その演出力だけを見るオーディションです。例えば最新のお題は「ラブレター」なんだけど、それには半年で54カ国から507編の応募があった。これはすごい数だね。その作品を見ていると、翻訳なしで、作者の気持ちが全部わかるんだよ。だって言葉がないからね。54カ国の「ラブレター」にまつわる気持ちやストーリー、作品の意味がすべて分かる。これは小説には絶対できないよね。

ーーまさに先ほどおっしゃっていた、国境を越えるメディアですね。

堀江:そうなんだよ。ボクはこれを見てね、「手塚先生の子どもたちが、世界中にこんなにたくさん増えましたよ!」って、天国に向けて言いたくなったくらいでしたね。これこそが僕たちの目指すところ。世界の共通言語、マンガ。これは世界中の人が応募できますからね。僕たちがやろうとしていることの象徴的な部分じゃないかな。

ーー“演出力”というのを、もう少し具体的に教えてください。

堀江:例えば、お母さんがテーブルを挟んでバカ息子を説教しているとするでしょ? そこで普通な表現を考えると、お母さんが「あなたがやったことは、とても悪いことで、反社会的だから、あなたの将来にとって役に立たないことで、だから今すぐ直すべきで……」なんて、セリフを用意するわけ。でも、そこでもっと演出をして、マンガ的な表現だったら、母親は「あんたは……あんたは……」としか言わないの。

ーーセリフを削ぎ落とすんですね。

堀江:その上で、その辺にあるフキンで、テーブルを拭き始めるの。「本当に、あんたは……」とだけ言いながら。それで母親の怒りとか悲しみとか、十分伝わるでしょ? 息子が「母ちゃん、ごめん……」「俺のせいで……」って思うのに十分だよね。そしたら、「母ちゃん、分かったよ」って、息子は母ちゃんの手を握るでしょ? こういうのがマンガ的な表現だね。それだけで読者は十分に納得させられるから。

ーーしかも翻訳も必要がない、と。

堀江:そうなんだよ。もしここに、「あんたがやったことは、反社会的で……」なんてセリフをつけちゃうと、翻訳することで、ニュアンスがすべて変わっちゃう。

堀江信彦
堀江信彦
堀江信彦

編集者として、「北斗の拳」をはじめ数々の作品を生み出し、週刊少年ジャンプが最大発行部数653万部を達成したときに編集長を務めた。
その後、雑誌『メンズ・ノンノ』や『BART』編集長を歴任。
2000年6月(株)コアミックスを設立、代表取締役に就任。
原作家、脚本家として作品を作ると同時に、編集者の育成に携わり、作品の質の向上に力を入れている。
(株)ノース・スターズ・ピクチャーズ代表取締役社長を兼任。

1955年 8月17日生。
1979年 集英社入社。
1993年 「週刊少年ジャンプ」編集長就任、史上最高部数を記録。
2000年 集英社を退社し、コアミックス設立し社長就任。
2001年 「週刊コミックバンチ」創刊、編集長就任。
2009年 「カフェゼノン」開業。
2010年 「週刊コミックバンチ」休刊、「コミックゼノン」創刊、編集長就任。