TOP > スペシャルインタビュー「世界へ、未来へ、そして子ども達へ。」 > Theme 05飲食店やビル経営にも、息づいているのはマンガ雑誌の精神。
代表取締役社長 堀江信彦 スペシャル対談

マンガ月刊誌の刊行や、時代を見据えたWEBマンガのアプローチ、さらには、海外向けのサイレントマンガオーディションを大成功させるなど、マンガ界の進化・発展に、尽力し続ける日々。

それらに加えて、幾多の人気飲食店をプロデュース・運営し、果てには、地域の人々との交流をはかるために“お地蔵さん”を建立し、「じぞうビル」と一風かわった名前の自社ビルまで建ててしまう。

極端なまでに広範にわたる挑戦。それらはすべて、シンプルにマンガへの、そして子ども達への深い愛情にもとづいたものだったーー。
(2013年5月13日収録)

Theme 05

飲食店やビル経営にも、息づいているのはマンガ雑誌の精神。
「このビルは、ビル自体が一つの雑誌なんだ」

ーー“マンガ屋”であるコアミックスが飲食店を経営し、さらにお地蔵さんまでを建ててしまった。そこに込められた真意とは?

堀江:最初にカフェゼノンを創った時には、マンガという素材を使ってデザイン性を楽しみたい。そして漫画家に限らず、様々なアーティストのたまり場となって、彼らの作品を発信できる場所になればいいな、と思って創ったんですよ。そもそも我々自身がクリエイターの集まりの会社ですから。そういう人のたまり場になればと思っていたんですよね。

ーーでは、最初は作家さん向けだったんですね。

堀江:そう。ギャラリーの感覚だよね。今ももちろん個展をやっているし。でも、そうしているうちに、雰囲気を気に入ってくれて、カフェとしても成立しちゃったんだよね(笑)

ーー今はむしろ、一般人にも大人気です。

堀江:あんまり毒々しくマンガを出していなかったからね。それが受けたんでしょうね。

ーーさらにビル(=じぞうビル)が建ち、その中にも飲食店が数店はいっています。

堀江:カフェゼノンという空間を“雑誌的に編集”することで、うまくいった。そのノウハウを活かしていますね。

ーー空間を雑誌的に編集?

堀江:カフェゼノンという場所で、いろいろな作家さんが個展を開いたりするでしょ? それって雑誌に読み切りとか連載が掲載されるのと一緒。それを続けることで他には真似できない空間ができてくる。要は、飲食店もビル経営も、マンガ雑誌と何も変わらない気持ちでやっているんですよ。じぞうビルに関しては、お地蔵さんっていうキャラクターをつくって、あれを主人公に見立てているわけ。このビルは、ビル自体が一つの雑誌なんだね。

ーーなるほど!

堀江:お地蔵さんっていうキャラクターを使って、そこに人が集まってきて、それぞれの店舗を連載の一つだと思って楽しんでもらう。だから、あんまり飲食店をやっている感覚はないの(笑)。「雑誌的にやってみよう」ってこと。

ーー考え方としては分かりますけど……、それでビジネスとして成り立つんですね。

堀江:意外とできちゃうんだよなぁ(笑)。でね、例えば2階にそば屋があるでしょ? そこに子連れのお客さんが来ると、他のお客さんで、「子どもがうるさいからイヤだ」って、帰ってしまう人もいるらしいの。でもね、俺は、そういうの「なら、帰っていいですよ」って思うわけ。なぜこのビルにお地蔵さんが置いてあるかって言うと、子どもが大好きなビルだからなんです。親子で来てくれるのが嬉しいし、泣き声だって大歓迎なんだよ。それがイヤならよそに行ってくれって(笑)

ーー幅広い事業を行っているように見えますが、実は「マンガ」「子ども」というキーワードですべて括れるんですね。たまたまカタチとして、いろいろな形態になっているだけで。

堀江:そう。やっている側からすると、特別なことをやっている感覚はないんだよ。当たり前のことを当たり前にやっているだけですね。

堀江信彦
堀江信彦
堀江信彦

編集者として、「北斗の拳」をはじめ数々の作品を生み出し、週刊少年ジャンプが最大発行部数653万部を達成したときに編集長を務めた。
その後、雑誌『メンズ・ノンノ』や『BART』編集長を歴任。
2000年6月(株)コアミックスを設立、代表取締役に就任。
原作家、脚本家として作品を作ると同時に、編集者の育成に携わり、作品の質の向上に力を入れている。
(株)ノース・スターズ・ピクチャーズ代表取締役社長を兼任。

1955年 8月17日生。
1979年 集英社入社。
1993年 「週刊少年ジャンプ」編集長就任、史上最高部数を記録。
2000年 集英社を退社し、コアミックス設立し社長就任。
2001年 「週刊コミックバンチ」創刊、編集長就任。
2009年 「カフェゼノン」開業。
2010年 「週刊コミックバンチ」休刊、「コミックゼノン」創刊、編集長就任。